美術大学や芸術大学の卒業制作展(卒展)は、学生が集大成の作品を発表する晴れ舞台だ。しかし、その一方で、展示をきっかけに「身バレ」やストーカー被害につながるリスクも指摘されている。
こうした中、東京造形大学(東京都八王子市)は今年1月に開催した卒業制作展「ZOKEI展」から、希望する学生に限り本名を表示せず、「作家名」での展示を認める新ルールを導入した。キャプションや目録、公式ウェブサイトにも、本名を記載しない。
美大・芸大では依然として「本名」での展示が一般的だが、この取り組みはSNSなどで注目を集めている。なぜ東京造形大学はこうした制度を設けたのか、その狙いを取材した。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●「自分の時代にも欲しかった」「広まってほしい」
「卒業制作展において、ストーカーや身バレ対策のために、すでにアーティストネームで活動している作家は、本名の代わりにそれを表示できる(本名を表示しない)ルールを提案したところ採用されました。
他美大や専門学校ではまだ本名表示のみも多いので、東京造形大学はアーリーアダプトしてると思う」
東京造形大学教授のカイシトモヤさんが10月27日にXに投稿した内容は大きな反響を呼び、「これ自分の時代にも欲しかった...」「この取り組みは広まってほしい」といった声が上がった。
●「本名で展示されてもSNSで探せない」
「SNSで自己発信が気軽にできるようになり、在学時から作家として多くのフォロワーをつけたり、人気が出る学生アーティストが生まれるようになりました。その多くが本名ではない作家名やアカウント名で活動しています」
そう語るのは、東京造形大学の広報担当者だ。
「作風に特徴がある学生ほど、展示会場で個人が特定されるリスクがあります。さらに作品が写真に撮られ、卒業後に著名になった場合でも、過去の展示から個人が特定されるおそれがあります」と説明する。
カイシさんの投稿にも「良いと思った作品でも本名とSNSの名前が違うから検索できなかった」「女性はギャラリーストーカーなどの問題も多いので切実な問題」といった意見が寄せられている。来場者と学生のあいだを安全に「橋渡し」する仕組みとしても注目されている。
●学生の「氏名表示権」を尊重
「作家名での展示」導入の背景には、著作権法19条の「氏名表示権」もあるという。
「『氏名表示権』は著作物の公開について、『作家名を表示する/しない』もしくは、『作家名などでの変名で公開できるか』を著作者自身が決めることのできる権利です。
教育機関である大学の卒業制作展という運用上、作家名の非表示は難しいかもしれませんが、作家名で表示することを決めるのは、法律で著作者に認められているものです。
昨今は社会全体で著作権についての意識が高まっていますので、東京造形大学では、著作権をはじめとした法的リテラシーの教育に注力していく方針です。
またクリエイターを育てる機関という面でも、これからも社会情勢を鑑みながら、学生を一人の作家・著作者という考えで尊重し、さまざまな取り組みをしていきたいと考えています」(担当者)
●ギャラリーストーカーから学生を守る
近年、美術大学や芸術大学では、展示や学園祭の場で学生が来場者から不適切な接触を受ける「ギャラリーストーカー」が課題になっている。
東京造形大学でも、学園祭や学外展示の場で、学生のプライバシーを脅かすような行為を確認しているという。
「深刻な事件には至っていませんが、学生には非常時に教職員へ速やかに連絡するよう指導しています。状況に応じて教職員が臨機応変に対応し、安全を最優先に行動しています」(担当者)
今後、各大学で学園祭や卒展の開催が本格化する季節を迎える。学生を守る方法としても、「作家名での展示」は今後さらに広がりを見せそうだ。
次回の「ZOKEI展」は、2026年1月23日(金)〜25日(日)に東京造形大学キャンパスで開催予定だ。