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災害から「72時間1分後」をどう生き抜くか「災害復興法学」著者・岡本弁護士に聞く
2016年01月03日 10時21分

2011年に起きた東日本大震災を経て、人々の「防災」に対する意識は高まっただろう。災害が発生したとき、自分や家族の命を守ってくれる備えの重要性に、多くの人が気づいた。だが、命が助かったあと、崩壊した生活をどう立て直すのかも大きな課題だ。住宅のローンや公的補助、契約上のトラブルや相続問題まで想像できる人は、どれほどいるだろうか。

こうした被災後の生活再建の実際を、東日本大震災の被災者4万人の法律相談から分析し、法的ニーズやあるべき復興政策をまとめた書籍が「災害復興法学」だ。人間が飲まず食わずに生きていられる限界は「72時間」とされているが、著者の岡本正弁護士に、災害発生の「72時間1分後」から求められる「生活防災」の備えについて聞いた。(取材・構成/藤井智紗子)

2011年に起きた東日本大震災を経て、人々の「防災」に対する意識は高まっただろう。災害が発生したとき、自分や家族の命を守ってくれる備えの重要性に、多くの人が気づいた。だが、命が助かったあと、崩壊した生活をどう立て直すのかも大きな課題だ。住宅のローンや公的補助、契約上のトラブルや相続問題まで想像できる人は、どれほどいるだろうか。

こうした被災後の生活再建の実際を、東日本大震災の被災者4万人の法律相談から分析し、法的ニーズやあるべき復興政策をまとめた書籍が「災害復興法学」だ。人間が飲まず食わずに生きていられる限界は「72時間」とされているが、著者の岡本正弁護士に、災害発生の「72時間1分後」から求められる「生活防災」の備えについて聞いた。(取材・構成/藤井智紗子)

●命が助かった「その後」を生き抜くのも大変

――「災害復興法学」とはどのような考え方なのか?

「防災」というと、多くの人は、個人や企業の避難訓練や危機管理マニュアルを想像するのではないかと思います。「もし自分が被災したら・・・」というときの対策としてみなさんが考えているのは、日常品の備蓄や家族の安否確認といったことではないでしょうか。

それが普通の「防災」の感覚です。インパクトのあった瞬間の被害をどれだけ軽減するか、どうやって生き延びるかという「物的な」防災・減災であり、たしかにそれは、何よりも優先すべきものです。

しかし、その先のことまで想像できる人は多くありません。たとえば、救助されて避難所にたどりつき、命は助かった。避難所には毛布や食料もあった。でも、そのあとはどうでしょうか。

住宅ローン、家賃、携帯電話の料金、公共料金、保険料の支払。そして、もし家族が亡くなったとしたら、何をしないといけないのかーー。被災すると、自分の生活や身の回りがズタズタになります。震災を生き延びるための防災が最も重要ですが、そのあとを生き抜く準備も同じくらい大切です。

避難所にたどり着けたとしても、そこがゴールではありません。72時間1分後からの「被災のリアル」を知っておくことが大切です。その知識を備えるのが「災害復興法学」であり、それをベースにした「生活防災」という考え方です。

●「破産すればいい」とは、とても言えなかった

――なぜ、被災者の声をまとめようと考えたのか?

東日本大震災が起こったとき、私は内閣府に出向していました。すでに1年以上行政改革や規制改革の政策立案に関与してきました。その経験を、弁護士の立場から復興に活かすことはできないかと考えたのが、そもそものはじまりです。

日弁連が実施した被災者の無料法律相談では、震災後わずか1カ月で3000件を超える相談が寄せられました。この被災者の「声」に触れたとき、私は直感的に、この声を集約・分析して、法的ニーズに合わせた制度を作らなければならないと考えました。

そこで、日弁連に無料法律相談事例のデータベース化を提案して、災害本部の室長となり、内閣府の職務と兼任して分析を進めました。その後、1年あまりで4万件を超える被災者の生の声をまとめることができました。

――印象に残っている出来事はどんなものか?

「災害復興法学」のモデルケースからご紹介します。とある沿岸部の避難所で弁護士に相談した50代の男性は、下請けで部品を製造している個人事業主でした。作業場も住宅も、すべて津波にのまれ、後に残されたのは、業務用の機械を購入するための銀行からの借り入れと住宅ローンだけでした。

弁護士は、支援金などのアドバイスなどをしましたが、借金の額は合計4000万円あまり。額を考えると焼け石に水です。残るは「破産」という選択肢でした。しかし、男性は企業に雇用されているのではなく、個人事業主です。破産してしまうと、事業は廃業になり、いわゆるブラックリストにも載ってしまいます。「破産すればいい」とは、とても言えませんでした。

男性には、新たな借り入れもできるような、住宅ローン・事業ローンを免除する新しい仕組みが必要でした。「国に被災地の声を必ず届けるから、また必ず弁護士のもとに相談にきてほしい」と伝え、弁護士たちは後ろ髪をひかれる思いで、東京に戻ってきたこともありました。

「ローン」に関する法律相談の結果をまとめると、多くの被災者が多額の住宅ローンや事業ローンの解決策を見つけられないでいることが明確な数字でわかってきました。この結果の報告は、政府にもインパクトを与え、何らかの債務減免制度を作る必要性があるという共通認識が広がりました。日弁連は、省庁、金融機関、最高裁など各機関と協議を進めました。

その結果、2011年7月に「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(被災ローン減免制度)が成立しました。これは、法的な拘束力はないものの、個人の債務者と金融機関が合意することで、残っている債務を減免することができる仕組みです。多くの金融関係者が参画してできたものなので、制度運用に対する期待は大きかったのです。

ところが、周知不足と硬直的な運用により、ガイドラインの利用は停滞しました。制度開始から5年近くが経過しても、想定の2割にも満たない利用件数です。今後は、金融機関のメリットも考慮しつつ、ガイドラインをきっちりと法制化することが必要です。

●学生にも知ってほしい「災害復興法学」の重要性

――今後はどのような取り組みをしていきたいのか?

現在、私は大学・大学院で「災害復興法学」という授業をしています。東日本大震災時に国会や政府、メディア、国民の皆さんを説得して、いろいろな制度を変えたり、創ってきた軌跡を、公共政策上のノウハウとして永く残したいと思っています。それは、東日本大震災の「声」を忘れない取り組みでもあります。

講義を受ける学生にとっても、最初は法律と災害がつながらないのですが、授業を進めていくと、法律家として専門知識をもつ人の重要性に気づきます。そして、「罹災(りさい)証明書」「被災者生活再建支援金」「災害弔慰金」など、災害後の生活を守るための「生活防災」ともいうべき制度が存在していることを知ることになります。

受講している学生たちは、この先、国や自治体を始めとする様々な業界に羽ばたいていきます。彼らが生活防災活動を広めてくれることを期待しています。

東日本大震災は終わっていません。住宅ローン対策のガイドラインを利用せずにお金を失ってしまい、仮設住宅から出る際に住宅を確保できない人をどうケアするのか、災害関連死の基準をどうすべきなのかなど、リアルタイムの課題が多く残っています。

さらに、マンションの防災コミュニティ形成や耐震化をどう進めるのか、個人情報の適切な利用が周知されているか、住宅ローン対策は次こそどうするのかなど、首都直下や南海トラフ地震に備えた課題もまだまだあります。こうした課題に目を向けるためにも、被災地の声から学び、「生活防災」の知識を備えることが求められます。

(弁護士ドットコムニュース)

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